大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和43年(刑わ)1505号 判決 1969年10月08日

主文

一、被告人を懲役五月に処する。

二、この裁判が確定した日から三年間右の刑の執行を猶予する。

三、訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となる事実)

昭和四三年二月二〇日午後六時ころから東京都北区王子一丁目二〇番地王子柳田公園で、北区労働組合連合会主催の米陸軍王子野戦病院開設反対、春斗勝利示威のための集会と集会後の集団示威運動が、東京都公安委員会の許可を得て行なわれたのであるが、被告人ら約二〇〇名の学生は、同日午後六時ころ、右王子野戦病院開設阻止の目的をもって、同区王子一丁目国鉄王子駅前に集まり、同所から同区王子一丁目六番四号大蔵省印刷局王子工場前車道(幅員約一六メートル)上を、柳田公園に向け、数列縦隊で、ヘルメットを着用し、そのほとんど全員がプラカードを携行し、一〇数本の旗を所持し、気勢をあげ、かけ足で移動を開始し、無届の集団示威行進を行なった。その際被告人らは、互いに意思を通じ、同日午後六時七分ころ右王子工場前路上で、右学生らの前記行動を、昭和二五年東京都条例四四号集会、集団行進および集団示威運動に関する条例四条に基いて制止する任務に従事していた警視庁第五機動隊隊長警視石川三郎指揮下の巡査部長野田清ら多数の警察官に向い、所携のプラカード、あるいはその柄の部分のみとなった角材で殴打して暴行を加え、その際被告人は、長さ約一四九センチの角材で殴りかかり、右野田の右手人差指第二関節部分を擦過する暴行を同人に加え、右警察官らの職務の執行を妨害した。

(証拠の標目)≪省略≫

(法令の適用)

被告人の判示所為は、刑法六〇条、九五条一項にあたるので、所定刑中懲役刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役五月に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判が確定した日から三年間右の刑の執行を猶予する。訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項本文を適用してこれを全部被告人に負担させることとする。

(当事者の主張に対する当裁判所の判断)

第一、本件における警察官の職務行為の適法性について。

(被告人・弁護人の主張)

一、被告人および弁護人は、「昭和二五年東京都条例四四号集会、集団行進および集団示威運動に関する条例(以下都条例と略称)は、憲法二一条、九四条に違反し、無効であって、警察官が被告人らの集団示威行進を都条例四条に基づき制止した職務行為は、違憲、無効なものである。また右職務行為は具体的職務権限に属しない違法なものである。したがって、警察官の本件職務行為は刑法上公務としての保護に値いしないので、公務執行妨害罪は成立しない。」旨主張する。

(一)  そして、弁護人は都条例四条の違憲性について、「同条は、警察官職務執行法(以下警職法と略称)五条に比し、権力発動の要件が緩和され、且つ右要件が「公共の秩序保持」という漠然たるものであるから、憲法九四条に違反し、無効である。」と述べ、その理由について大要つぎのとおり述べた。

(1) 憲法九四条は、「法律の範囲内で」地方公共団体の条例制定権を認め、地方自治法一四条は「法令に違反しない限りにおいて、条例を制定することができる。」旨規定する。条例が法律・命令の規定と牴触することは許されない。法令で規定された事項につき、その内容に反し、または法令で規定した内容をこえて規定した条例は無効である。

(2) 行政警察上の即時強制の一般根拠法規である警職法の五条は、警告・制止の要件を限定し、他人の具体的法益が危機に陥っている緊急やむを得ない場合にのみ実力行使として「制止」を認める。したがって同法五条によれば、単なる無許可ないし形式的条件違反の集会・集団行動等において、参加者・主催者・指導者・煽動者に対する制止はできない。しかし都条例によれば、「公共の秩序保持」のため、それ自体犯罪行為とならない無許可ないし条件違反の集会、集団示威運動の参加者に対してまで、法五条の緊急性の要件がなくても、「警告」・「制止」・内容の限定がない「所要の措置」が可能となる。すなわち都条例四条は、法五条の許容する場合以外に、権力発動の必要性・緊急性のより少ない場合に、国民の自由・権利の実力規制を認めるのである。

(3) ところで、警職法一条一項に明らかなように、同法は集団に対する規制を対象から除外するものではない。同法と都条例は、目的・趣旨・対象を異にするものでない。したがって、同法の定める規制が最大限であり、その規制限度をこえて、法五条で定める以上に、国民の権利・自由を制限する都条例四条は「法律の範囲内」であるとはいえず、憲法九四条に違反し、無効である。

(二)  さらに弁護人は、警察官らの「制止」は、具体的職務権限に属しない旨主張し、その理由について大要つぎのとおり述べた。

(1) およそ、表現の自由の一形態である集団行動に対し、警察権発動の可能な場合は、警職法五条の要件をみたす場合でなければならない。

(2) 本件において、被告人ら約二〇〇名は、王子駅から柳田公園の集会に参加するため、五列縦隊で柳田公園に向け集団示威運動をしたのが無許可であっただけで、警職法五条にいう他人の具体的法益侵害の切迫性などは全く考えられない。

(3) したがって、このような単なる無許可デモに対し、それだけの理由で行進を阻止しようとした警察官の職務行為は、具体的権限に属しない違法なものである。

(検察官の主張)

二、検察官は、「本件における警視庁第五機動隊による学生らの制止活動は適法な公務の執行」である旨主張し、その理由について大要つぎのとおり述べた。

(一)  都条例は合憲である。

(1)  都条例が憲法二一条に違反しないことはすでに最高裁大法廷判決の示すところである(最判昭三五・七・二〇、集一四―九―一二四三)。

(2)  つぎに、都条例四条は、憲法九四条に違反するものでない。

警職法五条と右条例四条とは、その趣旨・目的・対象を必ずしも同一にするものでない。それゆえ、右条例四条は、法律上定められた事項につき、重ねて「制止」の規定を設けたものとはいえない。警職法五条は「制止」を合理的なものたらしめる場合を網羅的に考慮したうえ、そのなかから「制止」をなし得る唯一の合理的要件として、同条所定の要件のみを取りあげているもので、条例において右以外の場合における「制止」の規定を設けることを禁ずる趣旨とは認められない。むしろ公安の維持のため合理的でかつ人権に関する配慮が尽されている限り、条例による規制の余地を認めていると解するのが相当である。右条例においては、四条にかかげる事項または規定に違反した集団運動等が現実に行なわれ、その結果公共の秩序が乱されるおそれがある場合に、その参加者に対し、制止その他の規制をすることができると解すべきであり、実質的にみて要件が緩かであるとはいえない。同条例四条は、警職法五条の規定の範囲をこえて、これに違反し、あるいは同法の精神、趣旨に反するものとは考えられず、したがって、地方公共団体が、法律の範囲内で、しかも法律に違反しない限りにおいて(地方自治法一四条一項)、条例を制定することができるとする憲法九四条に違反するものではない(同旨、東京高裁判昭四四・四・九、東京高裁判決時報二〇巻四号刑五一)。

(二)  本件における警察官の制止活動が具体的職務権限に属することは明らかである。

(1)  多数の者の示威行進が、右条例にいう制止等の警察活動の対象となるかどうかは、当該運動ないし行進の行なわれる時刻・場所・その周囲の状況・行進の目的・構成員・威力もしくは気勢を示す方法など諸般の事情を、混乱等の結果発生の可能性の角度から総合し、それが明白かつ現在的に公共の安寧に危険を生ずる状況であったかどうかを判断して決定すべきである。

(2)  本件集団は、約二〇〇名の学生で構成され、午後六時すぎころ、米陸軍王子野戦病院の開設阻止を目的として、ヘルメットをかぶり、手拭で覆面するなど戦斗的スタイルをし、いつでも殴打用角材となしうるような形態、機能のプラカードを手にし、指揮者の笛の音や「ワッショイ、ワッショイ」のかけ声で気勢をあげ、交通ひんぱんな車道の中央を数列でかけ足行進をしていたのである。

右事実に徴すれば、本件集団示威行進は、公共の安寧に対して危険を及ぼす程度のものであり、しかも具体的には、現実に公共の秩序が乱されていたばかりか、他人の生命・身体・財産に対する明白かつ現在の危険も発生していたと解するを相当とする。

(3)  したがって、本件において、警察官が都条例一条に違反して、東京都公安委員会の許可をうけることなく、集団示威行進をしている本件集団の参加者に対し、同条例四条に基づいて「公共の秩序を保持するため」、これを「阻止」し、あるいは、右違反行為を是正するための「所要の措置」としてこれを規制し、またはある程度の実力行使によりこれを解散させるなどすることが許容されるだけの具体的状況は十分に存在したというべきである。

(三)  このようにして、本件における警察官の阻止等の行為は、適法・有効な法規である都条例四条によって規定された一般的職務権限に基づき、かつ具体的にこの職務権限を行使しうる状況において行なわれたものであるから、本件公務の執行は適法であったといわなくてはならない。

(当裁判所の判断)

三、公務執行妨害罪の成立要件である職務行為の適法性は、行為者である公務員の主観から独立に、行為当時の情況に基いて、客観的に裁判所の価値判断により決定されるべきであるが、右判断が刑法規範による要保護性という価値判断に制約されることも当然である。公務執行妨害罪の禁止規範は、刑法規範として公務員の一方的主観による不当な国民の自由・権利の侵害を許さないと共に、国民の一方的主観に基づく暴行、脅迫による公務執行の妨害を排除するものである。

そこで、本件職務行為における刑法上の要保護性の有無を考える。

(一)  本件において、警察官の都条例四条に基く制止行為に対して、被告人らの暴行が加えられたことは判示認定のとおりである。そして都条例が、表現方法としての集団行動の自由を保障した憲法二一条に違反するか否かについては、論議の分れるところである。また都条例四条が憲法九四条に違反するものか否かについても、弁護人の指摘するように、都条例四条につき違憲の疑いが持たれるのである。しかしながら、警察官らの本件職務執行当時において、最高裁判所大法廷は、昭和三五年七月二〇日、多数意見をもって、都条例につき運用の如何によっては憲法二一条の保障する表現の自由を侵害する危険があり得るものと認め、その運用についてそのようなことのないように極力戒心すべきものとしつつ、都条例が憲法二一条に違反するものでない旨判示し、ほぼこれと同一内容を有するいわゆる公安条例について、最高裁判所は一貫して合憲と判示してきたのであり、都条例四条についても、憲法九四条に違反するものでない旨のさきに検察官が援用した東京高裁昭和四四年四月九日第一刑事部判決に示されるような合憲的解釈が合理的に可能であるというべく、他にこの点につき、下級審における多数の合憲判決が存在するのである。したがって、当該公務員が都条例について合憲の最高裁判所判決が存在し、その後特別の事情の変化のみられない今日、都条例を合憲的に解釈し、都条例四条に基く制止を適憲な職務と信じ、これを執行したのは、もとより当然のことであって、右行為は具体的な職務権限を逸脱する違法なものでない限り、刑法上は要保護性・適法性があるものと解するのが相当である。

(二)  そこで、警察官らの本件制止行為が、具体的な職務権限に属する適法なものかどうかを検討する。

都条例それ自体の刑法上の要保護性が、一般的に、是認しうるとしても、右条例に基く公務員の処分そのものが、具体的権限の範囲に属する適法なものかどうか、刑法上の要保護性を有するかどうかがさらに検討されなければならない。

ところで、都条例四条は、都条例違反の集会、集団示威行進、集団示威運動が現実に行なわれた場合、公共の秩序を保持するため、警告を発しその行為を制止する等の措置をとることができる旨規定する。そしてこの「公共の秩序を保持するため」という法的要件は、単に一条、三条一項但書の規定に反する無許可ないし条件違反の集会、集団行進、集団示威運動が行なわれただけで、直ちに、その参加者に対し、警告を発し、その行為を制止する等の措置がとり得る要件として、緩かにこれを解すべきではなく、無許可または条件違反の集会、集団行進または集団示威運動が行なわれた際に、交通秩序が乱され、勢の赴くところ一般市民の静ひつ・安全が害され、さらに集団による暴行、脅迫、あるいは騒擾等が予測されるなど、そのために公共の安全と秩序とが害されるさし迫った危険が明らかな場合に限定して、厳密にこれを解しなくてはならず、その制止はもとより表現の自由の一形態である集団行動に対する不当・不必要な制限にわたるものであってはならない。そして右のように都条例四条の法的要件を限定的に解したうえで、これを逸脱するような重大かつ明白なかしのある制止行為は、もはや国民の自由、権利を不当に侵害するものとして刑法上の要保護性を欠くものといわなければならない。

そこで本件をみると、前掲証拠によれば、被告人を含む約二〇〇名の学生らが、昭和四三年二月二〇日午後六時ころ国鉄王子駅前広場に、ヘルメットに覆面姿で集会し、そのほとんど全員がプラカードを携行し、一〇数本の旗を用意し、演説が行なわれていたこと、警官隊約二〇〇名は当日午後六時ころから判示の柳田公園で開催される米陸軍王子野戦病院設置反対の集会に赴く無許可のデモ等による混乱の発生にそなえ、一般警備のため、付近の大和銀行、王子デパートの近くに待機していたが、同日午後六時ころ、駅前に集った前記学生らに向い、「集会に行くならば三々五々行きなさい。そこで集会を持ってはいけない。すぐに解散しなさい。」などと警告を発し、さらに右学生らが数列縦隊で、午後六時三、四分ころ右公園方面に向け、車道上を気勢をあげて早がけで移動を開始したので、警官隊も、右無届の集団示威行進を阻止すべく、大蔵省印制局方向に転進して北区王子一丁目六番四号の同局王子工場前路上に到着したところ、右学生らの先頭部分もこれを見て一時停止したが、警官隊を突破すべく、プラカードを振りあげ、襲いかかる気勢を示したので、警官隊もその前面にいわゆる防石ネット・大盾をかまえ、横隊形を整えて阻止線を張り、学生らの集団行進を「制止」し、車道上から歩道上に学生らを規制しようとしたこと、警官隊がとった右「制止」の措置は、無届の学生らの右集団行進により、夕刻交通ひんぱんの折柄都内主要幹線道路における交通が妨害され、交通渋滞を招くことが必至であるばかりでなく、右車道上において、学生らが警官隊に向い、所携のプラカードを振り上げて襲いかかり、暴行に及ぶおそれが明らかに認められたためとられた措置であること、学生らは判示のような暴行に及び、警官隊はこれを車道上から歩道上に規制し、暴力をもってこれに抵抗する学生らを公務執行妨害罪の現行犯人として逮捕するに至ったことが認められる。

右認定に徴すれば、警官隊の本件制止行為は、右行為当時無届の集団示威行進により、前認定のように公共の安全と秩序とが害されるさし迫った危険が明らかな客観的状況の存在する場合において、法の許容する範囲内でとられたやむを得ない所要の措置と解することができるので、都条例四条の法的要件を逸脱した重大かつ明白なかしある行為とは解しがたい。

してみれば、警察官の本件制止行為は、その具体的職務権限に属するものとして、刑法上要保護性があるものといわなければならない。

もっとも、弁護人は、都条例四条の法的要件は、警職法五条の要件と同一に解すべく、単に無許可デモの一事をもって、その参加者に対してした本件制止行為は、その要件を欠き、具体的職務権限に属するものでない旨主張するが、都条例四条の法的要件を具体的な場合に前述のように憲法および条例全体の精神に照らして限定的に解したうえ、本件制止行為がその要件を逸脱した重大かつ明白なかしあるものでない限り、それが規定の仕方を異にする警職法五条の要件に合致するかどうかは暫らくおき、右制止行為を刑法上適法性・要保護性あるものと解することを妨げないものというべきである。したがって、弁護人の主張は当裁判所の判断を妨げるものではない。

以上の理由から、本件職務の執行は、刑法上要保護性があり、適法であると断ずべきであり、これを暴力をもって妨害するがごときは、もとより許されない。本件において、公務執行妨害罪の成立を否定することはできない。

第二、なお被告人および弁護人は、米陸軍王子野戦病院設置反対の要求は正当な行為である旨主張するけれども、動機・目的の正当性は、判示行為の実質的違法性を阻却するものではない。

第三、量刑について。

東京都北区米陸軍王子野戦病院開設反対について、東京都議会においても、その旨の決議がなされているが、反対の意思表示のための集団行動において、適法な公務の執行に対し暴力を行使してこれに抵抗するがごときは、とうてい法の許容し得ないところである。本件犯行の態様、学生らが角材あるいは鉄パイプを携帯して集合したものでなく、投石行為もなかったこと、許可された集会に参加する途上の事件とみられること、動機・目的・年令・前歴その他諸般の事情を総合して考慮し、今回の事件については、主文第一、二項のとおり量刑処断することとした。

(裁判官 粕谷俊治)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例